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トランスクリエーション・ワークショップに参加しました

プロ翻訳者のオンラインディスカッショングループで、”transcreation”(トランスクリエーション)という言葉が話題になりました。日本の翻訳業界ではあまり聞かない用語のようですが、簡単に言えば広告コピーの外国語版を作ること。ちょうどこのディスカッションの直後にロンドンで トランスクリエーション のワークショップが開催されたので、参加してきました。

 

ワークショップは英国翻訳通訳協会(Institute of Translation and Interpreting, ITI)ロンドン地域グループの主催で、講師のAdriana Tortorielloさんはイタリア語翻訳者。美術、児童文学、映像字幕、そして トランスクリエーションと、クリエイティブな分野の翻訳を専門にしています。

ワークショップはまず、「トランスクリエーションとは何か?」という話から始まりました。前述のディスカッションの出発点もこの疑問だったのですが、アドリアナ先生によると、「広く受け入れられている定義はない」とのこと。人によって「クリエイティブなトランスレーションだから トランスクリエーション」から「トランスクリエーションは翻訳ではない」までいろいろな意見があるのだそうです。

とは言え、トランスクリエーション という言葉が上述の通り「広告コピーの外国語版を作ること」を指して使われているという点は確かです。コピーライティングと翻訳の接点、と言ってもよいかもしれません。ではコピーライティングとは何か?Copywriting: Successful Writing for Design, Advertising and Marketing の筆者マーク・ショーは、コピーライティングについてこう言っているそうです。

“Copy (or text, or words) used in design is a very particular type of creative writing that requires the inspiration of an artist and the control of a craftsman or craftswoman.”

コピーライターは、「独創的な文を生み出すアーティスト」という側面と、「指定された仕様にきっちり従った成果物を出す職人」という側面の両方を、併せ持っていなければならないというわけです。

トランスクリエーション の場合は、この上にさらに「語学の専門家」・「異文化エキスパート」という側面が加わります。原文と同じ言葉に翻訳しても、受け手の言語的・文化的な背景や、市場の傾向、ブランドの知名度などが違えば、同じようには受け取られない可能性があるからです。アドリアナ先生はこの点の説明として、www.articulatemarketing.comというサイトから以下の文章を引用していました。

“The goal of transcreation isn’t to say the same thing in another language. […] The aim of the game with transcreation is to get the same reaction in each language”.

受け手の違いまですべて考慮した上で、ソース言語版が喚起する感情や印象と同じ感情や印象を喚起するターゲット言語版コピーを作ることが、トランスクリエーション の目的であるというわけです。

次に、トランスクリエーション の具体的な作業について説明がありました。

広告は一般的にコピー(文)とビジュアル(ロゴや画像など)で構成され、コピーは主にヘッドライン(キャッチコピー)、ボディコピー(本文)、タグライン(スローガン)で構成されています。コピーを書く時には、コピーライターは広告に入れるビジュアルと、どんなコピーが必要なのかを説明するブリーフをもらいます。このブリーフには、どんな会社なのか?広告のターゲット層は?ブランドパーソナリティ(ブランドがターゲット層に対する時のスタイル、スタンス、口調)は?といった情報と、今回の広告のフォーカス(この広告によって何を達成しようとしているのか)といった情報が詰め込まれていて、時には20ページくらいになることもありますが、それがどんなスタイルで書かれているか、というメタ情報もコピーを書く際の役に立つそうです。

コピーライティングではなくトランスクリエーションの場合も、ビジュアルやブリーフが渡される点は同じですが、その上に原語版のコピーが加わります。前述の通り、言語や文化、市場の背景の違いを反映した結果、ターゲット言語のコピーとソース言語コピーがかなり違う内容になることはありますが、それでもビジュアルはオリジナルと同じものを使うことになるため、齟齬がないようにする必要はあります。また、レイアウトによってはコピーのスペースが制限されるため、割り当てスペースに収まるようにする必要があります。

トランスクリエーション の際は、通常2〜3つの案(推奨案と代替案)を提示するよう求められます。コピー案の内容がクライアントにもわかるよう、それぞれの案について、直訳のバックトランスレーション、なぜそのコピーにしたのか、判断の根拠を説明する文(rationale)を付けて納品します。トランスクリエーション では、成果物のコピーは短いわりに時間をかける必要があるので、ワード単価・文字単価ではなく、時給またはプロジェクト一式料金という形で料金を設定する必要があります。

 

トランスクリエーション という仕事についてわかったところで、ワークショップの後半では、過去にアドリアナ先生が扱った案件(ブランド名は伏せてありました)を使った実践エクササイズに取り組みました。課題は2つあり、1つ目はコピーライティング、2つ目は トランスクリエーションでした。

コピーライティングの課題は、与えられたブリーフとボディコピーに基づいた英文タグラインの提案。グループに分かれてブレインストーミングを行い、できるだけたくさんのアイデアを出すようにという指示だったのですが、やってみると私には意外に難関でした。ブレインストーミングという活動に慣れていなくて、これはというアイデアが頭に浮かぶと、なかなかそのアイデアから離れることができないのです。もしこの手の仕事を専門分野にするなら、この点は自分にとっての課題になるなあと痛感しました。

トランスクリエーション の課題は、ターゲット言語毎のグループで取り組むようにということだったのですが、残念ながら日本語の参加者は私だけだったので、こちらは1人でやる羽目になりました。ここでは2つのブランドの英語キャンペーンのうちひとつを選んで、ヘッドラインとタグラインのターゲット言語版を作りました。もちろん、実際の案件と同様、それぞれに複数の案を出し、バックトランスレーションと説明も書きました。

限られた時間でこなすにはなかなか難しいエクササイズでしたが、いつもの扱い分野とはかなり勝手が違うため、頭のエクササイズという感じで、こういう仕事を受けるのもなかなか楽しいそうだなあと思いました。自分に向いているか?となるとちょっと疑問かもしれませんが…。

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