あらためて東北観光博誤訳騒動について考えてみた(1)

2012年ももうすぐおしまいですね。年の終わりにいろいろ振り返る時期でもあることだし、せっかくなので、東北博騒動について私が思ったことをあらためてここに書いておこうかと思います。 観光客誘致を目的とする政府観光庁の情報発信サイトに自動機械翻訳を採用するという、翻訳業界・国際観光業界の常識から考えればあり得ないことが起き、明らかに品質の確認のないまま公開してしまった、というのがこの騒動の顛末で、発注側・受注側双方の問題がすでにいろいろ指摘されています。 が、事件の経過やそれに関する一連のやりとりを見て私が何よりも強く感じたのは、ユーザーの視点の欠落でした。説明します。

Robert Burns Lost in Translation? / ロバート・バーンズ不人気は悪訳のせい?

Mixiの翻訳・通訳関連コミュニティで、「翻訳で失われゆく原文の意味」と題する、翻訳で恥をかいた企業についてのMSNのコラムが紹介されていた。 誤訳に関する笑い話にはことかかない。私が所属している英国翻訳通訳協会(ITI)の会誌には、"Onionskin" と題した誤訳に関する連載コラムがあって読者の現役翻訳者・通訳者やそのたまご達に大人気だし、日本社会に氾濫する誤訳や珍英語についてはwww.engrish.comというサイトもある(もっとも最近は中国や韓国の例の紹介が増えてきているようだが)。 だがこのMSN記事、読んでいてなんだか違和感を感じないだろうか?

Accountability – アカウンタビリティ – 説明責任?

Accountability という英単語がある。出てくるとたいてい頭を抱えさせられる単語、というのがいくつかあって、これもそのひとつ。「Honyaku」という翻訳者が集まる大規模メーリングリストで数年前にこの単語が出てきて活発な議論を交わした記憶がある。 日本では「説明責任」なる訳語が定着したらしい。「アカウンタビリティ」とカタカナで済ませてしまう場面も増えているが、それどういう意味?と辞書を引いたり検索したりすると、結局「アカウンタビリティ=説明責任のこと」となっている。が、この訳語がどうも気に入らないのである。

良い、速い、安い

翻訳の世界でよく聞くスローガンにこういうのがあります。 Good, fast, cheap – choose two. 日本語にすると、 良い、速い、安い、のうち2つを選べ。 逆に言えば、3つの条件を全てかなえる事はできませんよ、「高品質・迅速・安価」な翻訳というのは実現不可能です、という意味です。

Otsukaresamadeshita / お疲れさまでした

お疲れさまでした。 ・・・ ・・・って、英語で何て言うんでしょう? 昨日悩んでしまった場面です。 昨日の仕事は観光バスのツアーの同行でした。乗客は日本に着いたばかりの外国人。でも添乗員は英語ができないガイド嬢。私は団体の引率兼ガイド嬢の説明の通訳です。タダで東京観光ができ(以前行ったことがある場所ばかりだったけど)、新しく知ったこともけっこうあり(知らなかったので通訳には苦労した)、まあ悪くない仕事でした(ペイは悪かったけど)。 私が引率なのでガイド嬢は観光施設には入らず、バスで運転手さんと団体の帰りを待っています。 で、私たちが施設からバスに戻ってくると、ガイド嬢さんが乗り込むひとりひとりにかけた言葉がこの「お疲れさまでした」でした。 日本に来るというのでちょっと日本語旅行会話を一夜漬けしてきたアメリカ人お客さんが 「彼女何て言ったの?」と聞きます。 「『お疲れさまでした』」 「それどういう意味?」 当然の質問なのですが、はたと困りました。 皆さんならこれ、どうやって訳しますか? ・・・ たとえばこれが大事な商談をまとめて戻ってきたとか長い会議が終わったとかいった仕事のシチュエーションだったら、 "Nice work" "Well done" といった訳がぴったりです。その仕事をしてもらったことで恩恵を受ける立場にあるなら "Thank you" もアリ。また、仕事が終わって帰るときの「お疲れさま」なら単に "Good night, see you tomorrow" になるでしょう。 が、ここではお疲れさまと言われた側は一仕事片付けてきたわけではなく、楽しい観光をして戻ってきたところなので、上記の訳はすべて見当違いになってしまいます。では逆に、英語圏で観光バスに乗ったという想定でガイドがなんと言うかなあと考えてみると、例えば "Welcome back" "Hope you enjoyed the visit" あるいは "How was it?" "Did you enjoy it?" "Was it good?" なんて質問をしてくる可能性もあるし、冗談で "So you've survived the [アトラクション名] then!" なーんて言う人もいるかもしれません(これがいちばん「お疲れさま」に近いかも)。 が、どれも「お疲れさま」とはずいぶん意図するところが違ってしまいます。 この手ごわい慣用句「お疲れさま」、翻訳者同士の会話やメーリングリストの質問でも出てくることがありますが、結局は「文化の違いの問題だから、きっちり対応する言い回しはない」というところに落ち着きます。 あるアメリカ人翻訳者が初めて日本に住んだ時、仕事を届けに事務所に行くと、日本人事務員がそれを受け取るときにいつも"You must be very tired"と言うので不思議に思ったそうです。事務員さんは「お疲れさまでした」のつもりで英語で「きっとお疲れでしょうね」と言っていたわけです。それから、こちらは英国人翻訳者ですが、日本でJETとして市役所で働いていたとき、いつも帰るときに同僚が「お疲れさま」と言うのを、単なる挨拶とは知らなかったので、まさに"You must be tired"と言われたのだと思い、そのたびに「いや、私べつに疲れてないですよ」と返事していたそうです。