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Accountability – アカウンタビリティ – 説明責任?

Accountability という英単語がある。
さっき翻訳していた文書の中にこの言葉が出てきた。

さてどう翻訳したものかとしばし考え込み、用語用例検索に没頭する。
出てくるとたいてい頭を抱えさせられる単語、というのがいくつかあって、これもそのひとつ。(ちなみに今回の案件は他にも “commitment” だの “mandate” だの料理にてこずる苦手な単語がてんこもりの悩ましい文書なのだった。)

そういえばその名も「Honyaku」という翻訳者が集まる大規模メーリングリストがあって、私はほぼROM専のメンバーだが、数年前まではけっこうまめに投稿していたことがあり、その時にこの単語が出てきて活発な議論を交わした記憶がある。

日本では「説明責任」なる訳語が定着したらしい。
「アカウンタビリティ」とカタカナで済ませてしまう場面も増えているが、それどういう意味?と辞書を引いたり検索したりすると、結局「アカウンタビリティ=説明責任のこと」となっている。

が、この訳語がどうも気に入らないのである。
なぜかというと、この言葉を聞いた人は十中八九がそれを「説明する責任」であるという意味に受け取ってしまうからだ。「説明責任?説明する責任?つまり情報開示ね」と納得してしまう危険がある。

実際には accountability という言葉が示唆する責任の範囲はもっとずっと広い。というか、「~をする責任」等と限定するまでもなく「責任」そのものだと言い切ってしまってもいいんじゃないかと思う。いろいろ訳語を考えてみても、結局「責任」がいちばんしっくり来ることが多い。

では accountability という言葉は同じく責任と訳される responsibility と同意語なのかというとそうではなくて、かなりはっきりとしたニュアンスがあるのだ。しかし説明しようとすると難しく、簡潔な訳語で違いを表現しようとするとさらに難しい。

が、がんばって簡潔に言ってみるとすると、こうじゃないかと私は思っている。
Responsibility というのは「誰の責任であるのか」を表現する言葉であり、
Accountability は「誰が責任を取るのか」を表現する言葉である。

「する責任」と「負う責任」の違いと言ってもいいかもしれない。

検索してみると、こんな意見もあった。
Responsibility は他の人に委任することができる。でも
Accountability は委任することができない。

Responsibility は内的な責任。
Accountability は外に対しての責任。
という見解もあった。

たとえば私がどこかのえらいさんで、何か壮大な構想をぶち上げ資金をつぎ込んで実行しようとしたが大失敗してとんでもない結果になってしまったとする。世間からは非難ごうごう。ここで私が正直に
「私の責任でやりました」と手を挙げる。
ここで私が言っている「責任」が responsibility。

さらに続けて
「私が言いだしっぺだから責任をとります」と頭を下げていさぎよく辞職する。事によっては逮捕され、裁判で罪に問われる。
こちらの「責任」が accountability。

もし計画の実行そのものは私の部下にやらせていてその人の責任管轄 (responsibility) になっていたのだとしても、本来責任を取るべきなのはやった部下ではなくやらせた当人である私というのが当然の見方だろう。それが accountability ということなのだ。説明する責任どころではない。「こんなことになったのはお前のせいだ」と名指しされて罰を受ける責任である。

Accountability は名詞だが、この形容詞形である accountable という単語は、 “XXX (名前) is held accountable” という受動態の表現で使われることが多い。英文法のエクササイズみたいに能動態に言い換えてみると、 ”ZZZ holds XXX accountable” ということになる。名前は出ていないが、私の責任を追及しているZZZ、他者という存在がいる。「どこのどいつがこんなむちゃくちゃな計画をぶちあげたんだ。責任を取れ」と言っている人たちがいて、そういう人たちに対して「私です」と言う。そういう責任が accountability。私が責任者として何かをやる行為は私の問題だが、「責任をとる」というのは他者がいることを想定した表現で、「説明責任」なる訳語もこのへん、つまり外部他者の存在があってそれを対象に説明する責任がある、という意味で生まれたのだろうか。もちろん辞職しろと言われたり裁判で罪を問われれば、自己弁護をする機会は与えられ、そこで事情を説明することはできるだろうが、説明すれば責任はそれでおしまい、ということではない。「説明して経緯をはっきりさせ(た上で)、きっちり責任をとれ」というのが accountability という言葉の含みだ。重い言葉なのである。

が、その重みを反映できる日本語表現は・・・と考えると難しい。
いい訳語、ないもんでしょうかね。

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