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Accountability再訪(ツイートメモ)

Accountability という言葉の 訳語 について連続ツイートしたので、忘れないようにメモしておきます。

以前「Accountability – アカウンタビリティ – 説明責任?」というブログ記事を書いたのですが、今確認してみたら2009年の投稿でした。これは一応その続きということになります。

注:そこに書いたHonyakuメーリングリストでの議論はさらに太古の昔でして、これも今検索したら、なんと1999年の話でした。

何年間くよくよ考えてたんだ、自分(笑)。

Accountabilityの訳に「説明責任」という表現を使うことにずっと抵抗してたんだけど、この筆者が使っている「答責性」ってのはしっくりくるな。

アカウンタビリティと説明責任 – sunaharayの日記

「説明責任」という 訳語 が最初に提示された時にはたぶんいろいろ論理的に考えた末にこうなったんだろうけど、言葉が定着するにつれて「説明する責任」という理解(インフォームド・コンセント的な発想)で一人歩きするようになって、アカウンタビリティとは別物になっちゃった感があるんだよね。

「責(を問われた時)に答えること」という発想の「答責性」という言葉の方がアカウンタビリティの的を突いている。「誰のせいでこうなったんだ」と責められた時に「私です」と手を挙げること、挙げるべき人が誰なのかが明確であることがアカウンタビリティだから。

(…と言っても、 訳語 としてまったく定着していないのは明らかなので、実際に出てきたら結局「責任」とか場合によっては「アカウンタビリティ」でお茶を濁しちゃうんだろうけど、自分。どこかでこっそり使ってみるかなあ…。チェッカーに直されちゃう可能性高そうだけど^^;)

 

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